top of page

​2005年5月のメッセージ

失う時こそ成長の時

桜の花が満開に咲き乱れるうららかな春の日、
その日は数年前から定期的に訪れる女性がおいでになりました。 


仕事場での人間関係のトラブルに巻き込まれて、
会社を辞めなければならない結果になり、落ち込んだ彼女が、

「私は毎日ご神仏に感謝の祈りを欠かさず、お参りしているし、
なるたけトラブルを起こさないように気をつけながら

生活をしてきたつもりです。
仕事を失うと 、一人暮らしの私はどうしたらよいのか、
途方にくれてしまいます。
今の世の中そう簡単に転職できませんし、
私は神様に見捨てられてしまったのかしら?」

そんな風に弱音を吐いてヒ ーリングに入りましたが、
ヒーリングの最中のことです。 
こんなメッセージを頂きました。 



昨日より明日に続く階段は、
幸せつなぐ光の輪



彼女が新しい出発をするためには、
明日に向かって一歩階段を上るために
捨てなければならないものが有ったんですよね。 

一時的にはとても不幸な出来事のように思えますが、
それは彼女が通らなければならない道。
そこをどう乗り越えるかによって、
彼女の人生が大きく変化するのだと思います。 


今までの自分自身より
もっともっと成長して幸せをつかむように努力が出来るなら、
きっと行く手に見えるものは幸せへの階段でしょう。
光り輝く未来が待っていることでしょう。 

でももしその状況に対して相手を怨み、

憎み悪口雑言の愚痴ばかり、
弱音ばかりを口にしていると、光の輪どころか
奈落の底の真っ暗闇な階段を降りていかなければならないことで しょう。 

そんなお話をさせて頂くと、
お帰りになる頃は明るい顔になった彼女の口から
こんな嬉しい言葉が返ってきました。 

「きっと今より働きやすい会社を見つけて転職して良かったと、

心からそう思える職場を見つけます、
そしてトラブルの相手に一日も早く

感謝が出来る状態になります。 
この次来るときは、笑いながら良いご報告が出来るよう

努力します。」
というものでした。 

こんな時は本当に嬉しくなります、
キット今度お会いするときはお幸せな笑顔でおいで下さると信じています。

 この世で体験する事、
わが身に起こる事は、
全て自分自身が成長するための試練と思えば、
その先には美しい光の輪を見出すことが出来るものなのでしょうね。 

2005年6月のメッセージ

ある野球少年へのメッセージ 

昨年の7月のある暑い日のことです、 
 

高校野球では甲子園出場校選抜試合が行われています。 
 

ある高校の選手をしている少年が、

後2試合勝つことが出来れば

念願の甲子園出場の夢が叶う というときに、

体調を崩していまい、

母親に伴われて、私のサロンにおいでになりました。


が、彼は 初めのうちはいかにも居心地の悪そうな顔をして、

「こんなところで直るはずないよな~」

そんな 態度で私の前に座っていました。 




 

お話を聞いている最中、

突然こんなメッセージが降りてきました。 

 

 

過去この世において、野球をこよなく愛し活躍をしていたのだが、

志なかばにして、病に倒れ40代にて旅立ち、

彼を指導しているのだという方からのメッセージ。 



 

 

今、私は彼の野球人としての才能を認め指導しているが、

彼は私の指導に気付かず、

私の指導を受け入れず、

努力を怠り、結果ばかりを求めている。


 

彼は今こそ、

自分のした努力に結果がついてくることを知らねばならない。 



 

今まで私はどれほどのメッセージを送ったことか、

だが彼は私に気付こうともしないのだ。 



 

今こそ彼は、

努力無しに結果は手に入らない事を知らねばならない。 



 

 

また彼には感謝の心がない。 



 

自分の思いどうりにならない時には、

全てを他人のせいにして自分を弁護しているようだが、

今、彼にとって大きな岐路に立ち、

自分の人生を歩き始めなければならない時なのだ。 




 

大きな才能と、センスを持つ彼の野球人生において、

いくつかのチャンスを逃している事は、

彼が持つ才能を発揮できる運気を彼自身が手放している事を

しっかり自覚する事が肝心なのだ。



持てる力を与え続けた

私の最後のメッセージを彼に気付いて欲しいので、

あなたに伝えている事をわかって欲しい。


あなたの口から彼に伝えて欲しいのです。 



「貴方は彼のご先祖様ですか?」 

 

いいや違います彼の先祖には野球人はいません、私は彼の野球の才能を伸ばしたので す。 

指導霊と思ってください、今後は彼自身の努力次第です、彼の問題です。」 


この時、彼には思い当たることが沢山あったようです。 


その後 努力の甲斐なく甲子園出場の夢は叶いませんでしたが、
今年の4月から大学生と なり、
大学野球で神宮球場に出場するんだと張り切って頑張っています。


私たちは努力することなく
楽をして結果だけを手に入れたいと思ってしまいますが、
自分自身が努力した分だけ結果を手にすることが出来るんですよね。 



目に見えなくてもいつもいつも見守っていてくださるご神仏に感謝して、
出来る限りの努力をした時
キット望み道理の結果を頂き幸せを感じることが
出来るのではないでしょうか

​2005年7月のメッセージ

八大竜王様からのメッセージ

今年5月に長年の念願であった、

四国88箇所巡礼の旅に行くことが出来ました。


 

ある日、あるお寺さんでお参りしていた時の出来事です。

 

良くぞ此処まで参ってくれた、

今はもう誰も此処まで参るものは
居ないのじゃ、 

よくぞ此処まで参ってくれた、
感謝しているぞ。

 

この先のそなたたちの旅路守るであろう。


前日あるお寺の山ノ下まで行ったのですが、
同行した者の体調が優れず、
この日はおまいりを断念し
翌日の朝一番でお参りする事になり、
宿に引き上げ身体を休めました。

翌日は皆元気に出発することが出来、
お寺の山門を入ったところに八大龍王様の石碑を見つけました。
本堂・太子堂をお参りの後に山門のところに車を止め、
八大龍王様にお参りをしていました。
すると「お社はどうなっているのだろう」と突然気になり、
周りを見ると草がぼうぼうと生えて
手入れのしていないお社が目に留まりました。

造りはとても立派なものなのに、
長い間お守りする人も無くまるで物置小屋のように荒れていました。

が、覗いてみると奥のほうには確かに八大龍王様らしき神様のお祭りしてある様子が 見られましたので、
同行の者と3人で祝詞(のりと)を奉納させていただきました。
その時、上記のようなメッセージを頂いたのです。

もし、前日にお参りしていたら
八大竜王様に気が付かないでいたかも知れません。

同行の者が体調を崩したのも、
翌朝一番にお参りをして八大龍王様とお会いできるように
お計らい頂いたのかも知れません。
私はそう信じているのですが・・・。 

お蔭様で年甲斐も無くずいぶんとハードな行程を組んでおりましたので、
身体的に大丈夫なのかと心配な点もありましたが、
心配していた程の疲れも無く無事帰宅することが出来ました。
帰宅後、同行の者に降りたメッセージでは
最後にお礼参りに行く予定の高野山でも
八大龍王様が私たちの行くのをお待ち下さっているとのことです。

3回に分けての八十八箇所巡礼の旅は今年始めたばかりです、
来年・再来年とお参りして、
高野山にお伺いするのは再来年の最後になる予定ですが、
それまでなんとしても元気に頑張り
高野山の八大龍王様にお会いしたいものと思い、
神様方に「良く来たね」と迎えていただけるよう

心身ともに清めて生きて行こうと心に決めています。

bottom of page